「自分の親だったらどうするか!?」 在宅治療の現場で常に問いかける、 坂本健之先生が守り続けてきた判断基準
INTERVIEW
- やよいマッサージ治療院 -
- 「自分の親だったらどうするか!?」 在宅治療の現場で常に問いかける、 坂本健之先生が守り続けてきた判断基準
PROFILE
やよいマッサージ治療院
院長 坂本 健之 (さかもと たけゆき)
あん摩マッサージ指圧師
- 所在地 伊勢原市東大竹731-2
- 対応エリア 伊勢原市を中心に半径16km圏内
- 受付時間 年中無休|早朝・夜間もご相談ください
32歳頃から治療の世界へ入り、40歳で国家資格を取得。東京・大阪・神奈川で訪問マッサージに16年以上携わり、これまで約3万件の施術を経験。2025年、神奈川県伊勢原市に「やよいマッサージ治療院」を開業。
目次
INDEX
- 01. 憧れの職業も、お手本もなかった少年時代
- 02. 測量、運送、そして32歳での上京
- 03. 約200万円をかけて気づいた「これでは駄目だ」
- 04. 「上手な先生を知りませんか」お客様に聞いて出会った恩師
- 05. 睡眠4時間、1日500分の施術と国家試験
- 06. 初めての訪問で受けた衝撃
- 07. 「迷ったら、自分の親だったらどうするか」
- 08. 挨拶、言葉遣い、清潔感。初対面で大切にしていること
- 09. 首の痛みと震災、そして大阪へ
- 10. 土地が変われば「心地よい距離感」も変わる
- 11. 神奈川で、施設の現場へ
- 12. 訪問マッサージは、どんな方が受けられるの?
- 13. 主治医から同意が出なければ、無理には進めない
- 14. ケアマネジャーさんと「チーム」で支える
- 15. 患者様とのエピソード
- 16. マッサージとリハビリは「両輪」
- 17. 恩師から受け継いだ「職人の厳しさ」
- 18. 屋号「やよい」は、高齢の方が覚えやすいように
- 19. 伊勢原市を拠点に、周辺地域へ幅広く訪問
- 20. 2025年、「やよいマッサージ治療院」を開業
- 21. 16年以上、約3万件。それでも判断基準はシンプル
- 22. 「またできた」を、一つずつ増やしていきたい
「学校の自動販売機のジュースも買えなかったですね」
坂本健之先生がそう振り返るのは、30代後半で国家資格の取得を目指していた頃のことです。
朝から学校に通い、午後1時半から深夜1時半までは施術の仕事。睡眠は4時間ほど。稼いだお金のほとんどを学費に回しながら勉強を続け、40歳であん摩マッサージ指圧師の国家資格を取得しました。
けれど、坂本先生は子どもの頃から治療家を目指していたわけではありません。20代は測量や運送の仕事に就き、32歳になるまで、マッサージが国家資格であることさえ知らなかったといいます。
そこから治療の世界に飛び込み、東京・大阪・神奈川で訪問マッサージに携わって16年以上。これまでの施術は約3万件にのぼります。そして2025年、神奈川県伊勢原市に「やよいマッサージ治療院」を開業しました。
そんな坂本先生には、患者様への対応で迷ったとき、今も必ず立ち返る言葉があります。
「患者様のことで迷ったら、自分の親だったらどうするかを考えればいい」
この言葉は、どのようにして坂本先生の仕事の基準になっていったのか。32歳から始まった治療家としての歩みを、少年時代からひもといていきます。
憧れの職業も、お手本もなかった少年時代
坂本先生は埼玉県加須市の出身です。ご両親と妹さんの四人家族で育ちました。
親戚には目の不自由な叔父様がいて、あんま・マッサージを生業にしていました。遊びに行ったこともありましたが、当時はその仕事を特に意識したことはなかったといいます。
「その頃は、仕事のことなんて全然気にしていなかったですね」
のちに同じ道を歩むことになるとは、本人も想像していませんでした。
少年時代はアウトドア派でした。のどかな土地で遊ぶ場所が限られていたこともあり、高校生の頃はアルバイトと「モトクロス」に打ち込みます。友人のお父様がモトクロスに熱心で、河川敷のコースに一緒に連れて行ってもらっていたそうです。部活はバスケットボール部に入ったものの、本人いわく「幽霊部員」でした。
一方で、10年ほど続けた習い事があります。書道です。小学校低学年から高校1年まで通い続け、五段の腕前にまで達しました。所属していた書道会では、掛け軸を書き上げたこともあるそうです。
「今はマッサージで親指を酷使しているので、すっかり下手になりました。それでも、字が上手だねとはよく言われます」
勉強も得意なほうでした。ただ、将来の夢や憧れの職業は、特になかったといいます。
「周りに、こういう仕事がある、こういう人になりたいと思えるお手本がいなかったんです。どんな仕事が世の中にあるのかも知らないまま、大人になってしまいました」
測量、運送、そして32歳での上京
高校卒業後、坂本先生は東京の専門学校で測量を1年間学び、測量士補の資格を取得しました。その後は事務所で修業を積みながら、土地家屋調査士を目指します。しかし資格の難易度は想像以上に高く、実際に仕事をしてみると、自分には合わないと感じたそうです。
そこで方向転換し、地元に戻って地域の運送業の仕事に就きました。
「大手ではなく、地域の個人商店のようなところです。田舎なので、仕事がなかなかないんですよね」
27歳までは実家で、その後5年ほどは隣町の行田市で暮らしました。身体や健康に関わる仕事とは、まったく無縁の20代でした。
転機が訪れたのは32歳のときです。当時知り合った方のお父様が、目の不自由なマッサージ師でした。坂本先生は実際に施術を受け、そのお父様からこんな言葉をかけられます。
「自分にしかできない仕事をやったほうがいい」
もともと、会社勤めよりも技術を身につける職人系の仕事のほうが自分に向いていると、うすうす感じていた坂本先生。この一言をきっかけに、上京を決めました。故郷を離れることに、家族から反対の声は一切なかったそうです。
約200万円をかけて気づいた「これでは駄目だ」
ただ、ここで一度、大きな遠回りをすることになります。
「当時はマッサージが国家資格だということを知らなかったんです。整体が資格だと思っていて。今思うと笑ってしまうんですけど」
インターネットもまだ十分に普及していない時代でした。坂本先生が入学したのは、新宿にある民間の整体スクールです。学費のために200万円ほどの借金を抱え、約2年間通いました。
学校に通ううちに、業界の仕組みが少しずつ見えてきます。教壇に立つ講師陣の多くは、国家資格を持つ先生方でした。その先生方が、見込みのある生徒には国家資格の学校を勧め、進学の口添えをしていたのです。
施術の現場でも、壁にぶつかりました。
「患者さんに身体のことを聞かれても、専門的な答えができない。国家資格の学校を出ていなければ答えられないことが、たくさんありました」
すでに200万円を使ったあとです。それでも、坂本先生はそのまま進むことを選びませんでした。
「本物になるには、ちゃんと国家資格を取らないといけないと気づいたんです」
借金を返しながら、次の学費を貯める生活が始まりました。
「上手な先生を知りませんか」お客様に聞いて出会った恩師
次の進路を決めたのは、学校案内でも広告でもありませんでした。
無資格のまま都内のスーパー銭湯のリラクゼーションで働いていた頃、坂本先生はお客様にこう尋ねていました。
「普段、どこに通っているんですか」「上手な先生を知りませんか」
そうして名前が挙がったのが、ある指圧治療院の先生です。坂本先生はさっそく自腹で施術を受けに行き、その技術に惹かれて定期的に通うようになります。そしてある日、その先生からこう言われました。
「お前、ちゃんと免許を取らないと駄目だよ」
その先生の推薦を受け、坂本先生は日本指圧専門学校(浪越学園)に社会人入学を果たします。36歳のときでした。
資格の選び方にも、坂本先生なりの考えがありました。鍼灸とマッサージの両方の免許が取れる学校も考えましたが、学費を考えると現実的ではありませんでした。
「国のお墨付きがあって、手技で身体に向き合い、自分で開業もできる。自分が思い描いていた仕事にいちばん近いのが、マッサージ・指圧だったんです」
やよいマッサージ治療院への お問い合わせ
ご相談・無料体験のお申し込みはお電話で承っております。
0463-64-2855
- 受付時間
- 年中無休|早朝・夜間もご相談ください
睡眠4時間、1日500分の施術と国家試験
――入学するときには、学費は貯まっていたのですか。
「全然です。見切り発車でした。100万円も貯まっていなかったと思います。ほとんど借金ですね」
保証人は、マッサージを通じて知り合った患者さんが引き受けてくれたといいます。本人いわく「綱渡りの状態」でした。
学費を返済しながら通うため、坂本先生は昼間部を選びました。朝9時から13時まで授業を受け、13時半からは、後楽園にオープンしたばかりの大型温浴施設でボディケアの施術に入ります。仕事が終わるのは、翌日の深夜1時半です。当時住んでいた新大塚と学校、職場がすべて近かったため、移動はスクーターで済ませていました。
施設は開業したばかりで、連日多くのお客様が訪れていました。1日の施術時間は400〜500分。時間に直すと、6時間40分から8時間20分にわたって、人の身体を押し続ける計算です。それが週6日続き、まるごと休めた日は1年で1週間もなかったといいます。
稼いだお金は、すべて学費の返済に消えていきました。
「自分のために使えるお金は、まったくありませんでした。学校の自動販売機のジュースも買えなかったですね」
帰宅して参考書を開くのは、深夜2時頃です。
「気絶するまで勉強する、という感じでした。気がついたら参考書が顔の上に乗ったまま寝ていた、ということもしょっちゅうでした」
ただ、やみくもに勉強したわけではありません。職場で知り合った他校の仲間から問題集を分けてもらい、穴埋め問題を徹底的に繰り返しました。
「分からないところは3回でも4回でも5回でもやる。分かったところはもう飛ばしてしまう。本当に、それだけでした」
無理がたたり、体調を崩した時期もありました。それでも坂本先生は走り続け、40歳で卒業。国家試験には一発で合格しました。
ようやく、治療家としてのスタートラインに立った瞬間でした。
初めての訪問で受けた衝撃
資格取得後も1年ほどは温浴施設で働いていた坂本先生ですが、次第に「このままリラクゼーションの世界にいても仕方がない」と考えるようになります。うっすらと存在を知っていた訪問マッサージの世界に、飛び込むことにしました。
入社したのは、東京・亀戸の訪問マッサージ事業所です。地域の介護関係者との結びつきが強く、多くの患者様を担当していました。月に一度は、理学療法士の資格も持つベテランの先生を講師に招いた勉強会も開かれていたそうです。
最初に受けた衝撃は、今も忘れられないといいます。
「関節が固まってしまい、ご自宅で療養されている方を初めて見たときは、正直ショックでした。温浴施設に来られる元気な方とは、まったく違う世界でしたから」
施術そのものは、研修で学んだマッサージに関節の運動や運動療法を組み合わせることで、大きく戸惑うことはありませんでした。坂本先生が最も気を配ったのは、別のことでした。
「患者様のお宅という、プライベートな空間に上がらせていただく仕事です。施術以上に、ご本人やご家族への接し方に気を使いました。訪問の仕事の6〜7割は、礼儀や接遇の部分だと思っています」
「迷ったら、自分の親だったらどうするか」
この最初の職場で、坂本先生は生涯の指針となる言葉に出会います。院長から聞いた、こんな一言でした。
「患者様のことで迷ったら、自分の両親だったらどうするかを考えればいい」
「その一言が、すごく残っているんです」
坂本先生が迷ったときに立ち返るのは、施術の方法だけではありません。
声をかけるタイミングに迷ったとき。何かを勧めるべきか迷ったとき。ご家族とどう関わればいいか迷ったとき。そのたびに、「自分の親だったらどうするか」という問いに戻るといいます。
自分の親に、雑な施術はしない。自分の親に、必要のないことは勧めない。自分の親の家に上がるなら、礼儀を尽くす。
訪問マッサージは、患者様の生活の中に入っていく仕事です。一度会って終わりではなく、週に何度も同じ方のもとへ通います。だからこそ、技術とは別に、ぶれない判断基準が必要になる。坂本先生にとって、それがこの言葉でした。
この後の歩みを追っていくと、この問いが、さまざまな場面で坂本先生の選択を形づくってきたことが見えてきます。
挨拶、言葉遣い、清潔感。初対面で大切にしていること
訪問マッサージを検討しているご家族にとって、大きな不安のひとつは「どんな人が自宅に来るのか」ではないでしょうか。
坂本先生に、初めて患者様のお宅を訪ねるときに意識していることを尋ねました。答えは、とてもシンプルでした。
「挨拶ですね。コミュニケーション。それと、言葉遣い。あとは清潔感です」
特別なテクニックではありません。ご本人に挨拶をし、ご家族にも言葉をかける。身だしなみに気をつける。他人の家に上がる以上、当たり前のことを当たり前に行う。長い経験を積んだ今も、その基本は変わっていません。
言葉でのやり取りが難しい方に対しても、姿勢は同じです。
「コミュニケーションが取りづらい方でも、完全にコミュニケーションが取れる方と同じように接するようにしています。上から目線にならないように、ということは今でも意識しています」
たとえば、施術のためにベッドに上がる必要があるときも、必ず声をかけます。
「ベッドに上がらせていただいてもよろしいですか、という確認は絶対に取るようにしています」
そこは施術所ではなく、その方の家だからです。もし自分の親の家に誰かが上がるとしたら、どう振る舞ってほしいか。坂本先生の接遇は、その想像から生まれています。
やよいマッサージ治療院への お問い合わせ
ご相談・無料体験のお申し込みはお電話で承っております。
0463-64-2855
- 受付時間
- 年中無休|早朝・夜間もご相談ください
首の痛みと震災、そして大阪へ
東京での訪問は、125ccのバイクで都内を走り回る毎日でした。プロテクター付きの重装備で、雨が降ればその上から3Lサイズのカッパを着込みます。夏の暑さも冬の寒さも、容赦なく身体にこたえました。
やがて、ヘルメットの重さと振動で首を痛めてしまいます。
「軽いヘルメットに替えたりもしたんですけど、全然駄目でした。会社はとても良いところだったんです。でも、首が痛くてどうしようもなくて」
車で訪問できる地域に移ろう。そう考え始めた頃、東日本大震災が起こりました。
もともと田舎育ちの坂本先生は、都会の暮らしがあまり肌に合わないと感じていました。趣味のルアー釣りを楽しめる環境も求めていたそうです。ただ、地方に行き過ぎると給与水準が下がり、生活が成り立ちません。さまざまな条件を比べて選んだのが、大阪府堺市でした。
「電話で最初に問い合わせたときの受付の方の対応が、すごく感じが良かったんです。それも決め手のひとつでした」
大阪の事業所では6〜7年にわたり、神経系の疾患を抱える方を中心に、在宅での施術を担当しました。
土地が変われば「心地よい距離感」も変わる
三つの地域で施術をしてきた坂本先生は、土地柄による違いも肌で感じてきました。
「大阪の方は、一歩二歩踏み込んでお話ししたほうが喜んでくださるんです。黙って施術していると、かえって居心地が悪いと思われてしまう」
一方で、東京では事情が違ったといいます。
「東京では、黙々とやっているほうが、真面目にやってくれていると感じてくださる方が多かったですね。神奈川の方も、あまり踏み込んだ話は好まれない印象があります」
もちろん、県民性だけで患者様を決めつけるわけではありません。大切なのは、目の前の方がどのくらいの距離感を心地よいと感じているかを見ることです。坂本先生は、その方の様子を丁寧に読み取りながら、会話の量を調整しているといいます。
神奈川で、施設の現場へ
関東に戻ってからは、厚木エリアの治療院に正社員として勤め、7〜8年にわたって施術に携わりました。担当の8〜9割は高齢者施設の入居者の方々です。現在は伊勢原市に暮らしています。
「都会すぎず、田舎すぎない。車で移動できて、働く場所もある。そういう条件で探して、この地域に落ち着きました」
施術は1回30分を基本としています。主な手技は、浪越学園で身につけた指圧です。
指圧は、親指や手のひらで身体をじっくりと押していく手技です。さする・揉むといったあん摩の手技とは、受けたときの感覚が少し異なります。
「指圧の感覚が合わない方も、中にはいらっしゃいます。ですから最初にしっかりとお話を伺って、その方の好みや身体の状態に合わせて進めるようにしています」
自分の得意な手技を押しつけるのではなく、まず相手を知ることから始める。これも、坂本先生が大切にしている姿勢です。
訪問マッサージは、どんな方が受けられるの?
ここで、訪問マッサージの仕組みについて少し触れておきます。
訪問マッサージは、病気やけがなどによって筋肉が固まったり、関節の動きが悪くなったりして、一人での通院が難しい方を対象にしたサービスです。主治医の先生の同意があれば、医療保険を使って施術を受けられます。
施術を受ける場所は、ご自宅だけではありません。坂本先生がこれまで多くの方を担当してきたように、高齢者施設で暮らしている方も対象になります。
「マッサージが必要な方は、まだまだたくさんいらっしゃると感じます。ご高齢の方だけでなく、障害福祉サービスを利用されている方の中にも、対象になる方は少なくありません」
「うちの家族は対象になるのだろうか」と迷ったときは、まずはケアマネジャーさんや施術者に相談してみるのがおすすめです。
やよいマッサージ治療院への お問い合わせ
ご相談・無料体験のお申し込みはお電話で承っております。
0463-64-2855
- 受付時間
- 年中無休|早朝・夜間もご相談ください
主治医から同意が出なければ、無理には進めない
医療保険を使った訪問マッサージを始めるには、主治医の先生の同意が必要です。では、同意が得られなかったらどうするのか。坂本先生の考えは、とても慎重です。
「主治医の先生を差し置いて、ほかの先生に無理やり同意をお願いするようなことは、どうなのかなと思っています。ケアマネジャーさんから見ても、良い印象は持たれないと思いますし」
実際、開業後に一度、同意が得られなかった方がいました。坂本先生は、それ以上無理に動くことはしませんでした。
ところが半年ほど経って、患者様ご自身から連絡がありました。ご自分で同意書を書いてくださる先生を見つけ、改めて施術を依頼してくださったのです。
「患者様が、それでも受けたいと思ってくださった。ありがたかったですね」
患者様を一人増やすことよりも、その方がこれまで築いてきた医療との関係を大切にする。自分の親が長年お世話になっている主治医の先生との関係を、施術者の都合で揺るがせたりはしない。ここにも、「自分の親だったら」という基準が息づいています。
ケアマネジャーさんと「チーム」で支える
在宅でのケアは、一人の専門職だけで完結するものではありません。ケアマネジャーさん、主治医の先生、訪問看護やリハビリのスタッフ、そしてご家族。多くの人が関わりながら、ひとりの方の暮らしを支えています。
これまで勤めてきた事業所では、ケアマネジャーさんとのやり取りは主に営業や相談員の担当者が受け持っていました。独立した今は、そのすべてを坂本先生が自ら担います。
「これからは、ケアマネジャーさんへの報告や相談も、自分がしっかりやっていかなければいけません。患者様の身体の状態や生活の様子で気づいたことは、きちんとお伝えしていきたいと思っています」
訪問マッサージの施術者は、週に何度も同じ方のもとへ通うため、身体のちょっとした変化や生活の困りごとに気づきやすい立場にあります。自分の親を支えてくれるチームなら、気づいたことはきちんと共有してほしい。そう考えれば、報告や相談を大切にするのは自然なことです。
患者様とのエピソード
100歳のお母様を介護していた70代の娘様
坂本先生が担当した方の中に、今も印象に残っている親子がいます。
それが100歳のお母様を介護していた70代の娘様です。
最初のご依頼は、100歳のお母様への施術でした。ご自宅で24時間の介護をされていたのは、70代の娘様です。
お二人で一軒家に暮らす、いわゆる老老介護の状態でした。
これだけの介護をされているのだから、娘様はお元気なのだろう。
坂本先生は、最初はそう思っていたそうです。
ところがある日、娘様から声がかかりました。
「私もやってもらいたい」
詳しく話を伺うと、ご自身も30mほどしか歩けない状態でした。
昔から自転車に乗っていた方で、電動自転車があれば買い物には行けるものの、歩くのは難しいという状況です。
背中の骨を痛めた影響で、腰が曲がり、手足にも不自由さが出ていました。
主治医の先生の同意を得て、週2回の施術が始まりました。
「特殊なことは何もしていないんです」
坂本先生は、そう繰り返します。行ったのは、全身の指圧マッサージを丁寧に続けることでした。すると少しずつ歩ける距離が伸び、やがてバスや電車を使って外出できるほどになったといいます。
ダラダラ続けるのではなく「卒業」を目指す
注目したいのは、ここからの坂本先生の判断です。
娘様の様子を見て、保険での施術を終えることを切り出したのは、坂本先生自身でした。
「今の状態なら、保険で続けるのはちょっと厳しいですよ、とお伝えしました」
施術者にとって、長年にわたり訪問施術を担当している患者様は大切な存在です。それでも、保険での施術が必要な状態を越えたのであれば、そのことを正直に伝える。必要以上に施術を続けるのではなく、ご本人が自分の足で暮らせる状態、いわば「卒業」を目指す。それが、職人としての坂本先生の姿勢です。
これも、自分の親だったらと考えるからこその判断です。患者様の身体の状態が改善したときには、医療保険を使った訪問施術を継続する必要性についても、改めて考えることが大切だと坂本先生は考えています。
その後も娘様はご自身の希望で、保険を使わない施術を週1回、しばらく続けられたそうです。途中でお母様は旅立たれましたが、娘様との関わりは続きました。
もちろん、これはお一人の経過であり、すべての方に同じ変化が起きるわけではありません。それでも坂本先生にとって、マッサージにできることを改めて考える、大切な経験になりました。
89歳から担当した施設入居の方
もうひとりは、施設で暮らしていた方です。坂本先生が担当し始めたのは89歳の頃でした。前任の先生から引き継ぎ、週2回、全身のマッサージにベッドの上やベッドサイドでの運動を組み合わせて、定期的に続けていました。
「これも、特別なことはしていないんです」
ところがある日、施設のケアマネジャーさんからこう言われます。
「もう介護保険から外れたのよ」
「言われるまで、まったく気づきませんでした」
ただ、坂本先生はこの経過を自分の手柄として語ろうとはしません。
「施設のサポートがあったからこそだと思います。身体は動くようになっても、遠くのスーパーまで買い物に行くのは難しい方でしたから。お一人暮らしだったら、外れなかったと思います」
成果を誇るのではなく、周囲の環境の支えにまで目を向ける。この慎重な語り口も、坂本先生の誠実さの表れです。
マッサージとリハビリは「両輪」
こうした経験を通じて、坂本先生はマッサージの価値を改めて実感しています。
「手前味噌になりますが、長年の経験からマッサージの良さを実感しています。筋肉やツボをしっかりと捉えて緊張をほぐすことで、身体が楽になる。その手応えを日々の施術で感じています」
その一方で、マッサージだけで十分だとも考えていません。
「身体がこわばったまま生活動作の訓練だけをしても、少し足りない。反対に、マッサージだけでも足りない。両方をワンセットで行うことに、意味があると思っています」
感覚的な話ですが、と前置きして、こんなたとえも教えてくれました。
「その方がもともと持っている力を10だとして、何もしなければ5のところ、マッサージが入ることで8くらいまで近づけられる。そんな手応えがあります」
リハビリの専門職とマッサージ師が、それぞれの専門性を持ち寄る。坂本先生が思い描いているのは、そんな在宅ケアの姿です。
恩師から受け継いだ「職人の厳しさ」
坂本先生を浪越学園へ導いた指圧の恩師は、職人気質の先生でした。一番の学びは何かと尋ねると、少し意外な答えが返ってきました。
「仕事がつらい、しんどいと弱音を吐くと、じゃあ辞めればって言われるんです。崖から突き落とすような感じで」
温かい言葉を、あえてかけない。それは、厳しい世界を知り尽くしている先生だからこその姿勢でした。
「それでも残る人間なら、やっていけると見ていたんだと思います。指圧やマッサージの世界は、本当に実力勝負ですから。その先生の言葉や姿勢は、今も自分の中に残っています」
患者様に対しては「自分の親なら」という優しさで向き合い、自分自身に対しては恩師譲りの厳しさで向き合う。その両方が、今の坂本先生をつくっています。
屋号「やよい」は、高齢の方が覚えやすいように
2025年に開業した治療院の名前は「やよい」です。名付けには、かなり悩んだといいます。
「最初は、恩師の治療院の名前がすごく好きだったので、真似したいと思ったんです」
けれど最終的に重視したのは、高齢の患者様に覚えていただけるかどうかでした。ひらがな3文字なら、誰にでも読めて覚えやすい。そう考えて、3月生まれの坂本先生にとってなじみのある「やよい」を選びました。
主な手技は指圧ですが、屋号にはあえて「指圧」を入れず、分かりやすさを優先して「マッサージ治療院」としています。
「語彙力がないので、迷いに迷って決めました」
そう笑いますが、難しい名前ではなく、患者様が覚えられる名前を優先する。ここにも、相手の立場から考える坂本先生らしさがにじんでいます。
やよいマッサージ治療院への お問い合わせ
ご相談・無料体験のお申し込みはお電話で承っております。
0463-64-2855
- 受付時間
- 年中無休|早朝・夜間もご相談ください
伊勢原市を拠点に、周辺地域へ幅広く訪問
やよいマッサージ治療院では、伊勢原市を拠点に、厚木市・秦野市・平塚市をはじめ、周辺のさまざまな地域へ訪問しています。
ご自宅だけでなく、高齢者施設での施術にも対応しており、これまで東京・大阪・神奈川で培ってきた経験を生かし、一人ひとりの身体の状態や生活環境に合わせた施術を行っています。
「自分の住んでいる地域にも来てもらえるだろうか」
そんな方にも、まずは気軽にご相談いただきたいと坂本先生は考えています。
現在は新規のご相談も積極的に受け付けており、訪問する地域や曜日・時間帯についても、できる限り柔軟に対応しています。
訪問マッサージを必要としている方に、一人でも多く施術を届けたい。その思いを大切にしながら、日々の訪問を続けています。
2025年、「やよいマッサージ治療院」を開業
自分の治療院を持つことは、以前から考えていたといいます。ただ、その夢は、すぐに実現できたわけではありません。
東京で訪問マッサージをしていた頃、坂本先生は毎日バイクで患者様のご自宅を回っていました。その中で首を痛め、働き方そのものを見直さざるを得なくなったこともあります。体の痛みでつらい思いをすることは、施術者にとっても決して他人事ではありません。痛みと向き合いながら働いた経験は、患者様のつらさに寄り添う今の姿勢にもつながっているのかもしれません。
その後、大阪、神奈川と場所を移しながら、訪問マッサージの経験を積み重ねてきました。地域が変われば、暮らし方も、患者様の悩みもさまざまです。土地ごとに多くの患者様と向き合ってきたことが、坂本先生の施術の確かさを支えています。
そして2025年、ついに伊勢原市で開業。開業当初は勤務を続けながらの兼業でしたが、2026年秋からは専業として、本格的に活動をスタートさせました。これからは、より多くの時間を、伊勢原市や周辺地域の患者様のために使える体制が整いました。
開業の手続きは、手探りの連続でした。神奈川県では、療養費の受領委任の届出に加えて、県独自の手続きも必要になります。最初はそのことを知らず、あとから気づいて対応したそうです。それでも一つひとつ確認しながら手続きを整えたのは、患者様に安心して健康保険を使った施術を受けていただくためにほかなりません。
開業にあたって、坂本先生がこだわったことがあります。それは、ご家族やケアマネジャーさんからのご連絡を、決して逃さないことです。
訪問マッサージをお願いしたいと思ったとき、ご家族は不安な気持ちで連絡をされることが少なくありません。だからこそ、少しでも早くお返事をして、その不安を和らげたい。そのために、坂本先生はApple Watchを購入しました。施術中や移動中でも、依頼の通知がすぐ手元に届く仕組みです。
「連絡をいただいたら、とにかく早くお返事をしたい。そこは絶対に逃さないようにしています」
その小さな心配りにこそ、患者様とご家族を思う、坂本先生の誠実さが表れています。
――5年後、10年後、どんな治療院にしていきたいですか。
「今はまだ、そこまでは全然想像できないですね」
返ってきたのは、意外なほど飾らない答えでした。
スタッフを何人も雇う。何店舗にも増やす。
そうした大きな目標を語る代わりに、坂本先生が大切にしているのは、
一歩一歩、今日の施術を積み重ねていくことです。
訪問マッサージは、一度伺って終わりの仕事ではありません。
同じ患者様のご自宅に、週に何度も、何か月、何年と通い続けます。
だからこそ、目の前の一人ひとりの患者様と、どれだけ誠実に向き合えるかがすべてです。
「昨日より、少し体が楽になった」
「先生が来てくれる日が楽しみ」
そうした小さな変化や笑顔を、一人ひとりの患者様と丁寧に積み重ねていく。
その先にこそ、地域から必要とされる治療院の姿があるのだと思います。
ひとり治療院だからこそ、患者様一人ひとりの体の状態や暮らし、ご家族の思いまで、しっかりと受け止めることができます。
遠い未来の大きな目標より、今日伺う一人の患者様を大切にすること。その誠実さこそが、坂本先生らしさなのかもしれません。
16年以上、約3万件。それでも判断基準はシンプル
32歳まで、治療の世界とはほぼ無縁でした。
一度は民間の整体スクールに約200万円を費やし、遠回りもしました。そこから改めて国家資格を目指し、睡眠時間を削って働きながら、40歳であん摩マッサージ指圧師になりました。
それから、東京・大阪・神奈川で16年以上。約3万件の施術を重ねてきました。
経験年数も、施術件数も増えました。それでも、患者様への対応で迷ったときに戻る言葉は、難しい専門用語ではありません。
「自分の親だったら、どうするか」
主治医の先生との関係を大切にするのも。ベッドに上がる前に必ず声をかけるのも。元気になった方に、保険での施術の卒業を正直に伝えるのも。すべては、この一つの問いにつながっています。
その問いを胸に、坂本先生は今日も伊勢原市やその周辺地域で、患者様のご自宅を訪ねています。
「またできた」を、一つずつ増やしていきたい
――最後に、訪問マッサージを利用しようか迷っている方や、そのご家族へメッセージをお願いします。
「『もう前みたいには動けない』と思っていても、まだ身体に残っている力があります。
私は訪問マッサージに16年以上携わり、これまで約3万件の施術をしてきました。
痛みやしびれ、身体のこわばりなどがあり、本当はもう少し動けるのに、動く機会そのものが少なくなってしまっている方をこれまで多く見てきました。
指圧やマッサージを受けることで身体が楽になり、以前より動きやすくなった方もいらっしゃいます。
もちろん、すべての方が同じように変わるわけではありません。
ただ、まだ身体に残っている力を生かせる方は少なくないと感じています。
必要に応じて無理のない運動も取り入れながら、少しでも身体を動かしやすい状態につなげていきたいと思っています。
家の周りを少し歩く。
自分で着替える。
お孫さんと少し遊ぶ。
以前できていたことが、また一つできるようになる。
そんな『またできた』を、一つずつ増やせるよう、力になりたいと思っています」
やよいマッサージ治療院への お問い合わせ
ご相談・無料体験のお申し込みはお電話で承っております。
0463-64-2855
- 受付時間
- 年中無休|早朝・夜間もご相談ください