「あの先生みたいになりたかった」。鍼(はり)が”気持ちよかった”尼崎の少年が、ご自宅での訪問施術を続ける理由

INTERVIEW

  1. Ryuzaki鍼灸院
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  3. 「あの先生みたいになりたかった」。鍼(はり)が”気持ちよかった”尼崎の少年が、ご自宅での訪問施術を続ける理由

PROFILE

Ryuzaki鍼灸院

院長 勢志 有次 (せし ゆうじ)

はり師・きゅう師

06-6416-3357
  • 所在地 兵庫県尼崎市大庄北2-1-24
  • 対応エリア 尼崎市および周辺地域
  • 受付時間 10:00〜12:00/14:00〜20:00 水曜・祝日休み

1976年、兵庫県尼崎市生まれ。2003年にはり師・きゅう師の国家資格を取得。総合病院での鍼灸部門の立ち上げを経験し、鍼灸専門学校で20年以上にわたり教育に携わる。

現在はRyuzaki鍼灸院の院長として、院内での施術に加え、通院が難しい方への訪問鍼灸にも取り組んでいる。

兵庫県尼崎市の「Ryuzaki鍼灸院」で院長を務める勢志有次(せし ゆうじ)先生は、小学生のころ、患者として鍼灸院に通っていました。そこで受けた鍼の記憶は、「怖い」ではなく「気持ちいい」だったといいます。

その鍼灸院の先生に憧れた少年は、理系の大学を卒業してから鍼灸の道を選び直しました。病院での鍼灸部門の立ち上げ、専門学校での20年以上にわたる教員生活を経て、いまは通院が難しい方のご自宅にも伺っています。

「あの先生みたいになりたい」。少年の日に抱いたその思いは、どのように受け継がれ、どこへ向かっているのでしょうか。勢志先生の歩みを伺いました。

体を動かすのが大好きだった、尼崎での少年時代

勢志先生は1976年(昭和51年)、尼崎市に生まれました。一時期東京で暮らしたことはありますが、それ以外はずっと地元で過ごしてきた、生粋の尼崎っ子です。

「尼崎は、神戸と大阪のちょうど中間あたりにあるんです。三宮にも大阪にも出やすくて、住みやすい街だと思いますね」

昔を知る方の中には古いイメージを持つ方もいるそうですが、街の様子はこの数十年で大きく変わりました。いまでは住みたい街として名前が挙がることも増えた、と先生はうれしそうに話します。

父は大工の職人、母は専業主婦という家庭で育ちました。子どものころの自分を、先生は「やんちゃなタイプでした」と振り返ります。とにかく体を動かすことが好きで、なかでも夢中になったのがバスケットボールでした。

バスケットボールは中学から大学まで、10年間続けました。「全国大会に出るような強いチームではなくて、県大会に一度出たくらいです」と謙遜しますが、10年間ひとつの競技をやり切ったことは、先生の粘り強さをよく表しています。

実は、この「体を動かすのが好き」という性分と、もうひとつの意外な事情が、のちに先生を鍼灸の道へ導くことになります。

鍼は「怖い」より「気持ちいい」。小学生から通っていた近所の鍼灸院

スポーツ好きの一方で、先生は体が弱い体質だったそうです。
そんな孫を心配して「鍼灸院に行きなさい」と勧めたのが、近くに住んでいた祖母です。こうして先生は、小学生のころから鍼灸院に通うようになりました。

小学生にとって、鍼やお灸は「痛そう」「熱そう」というイメージがつきものです。ところが先生の答えは、まったく違いました。

「怖いとか熱いとかは、全然なかったです。もう、気持ちよかったですね」

通っていたのは、兵庫県の鍼灸師会で会長を務めていた先生の鍼灸院でした。

温厚で、優しい先生だったといいます。院はいつも患者さんでいっぱいで、年齢も事情もさまざまな人が通っていました。その光景に、子どもながら驚いたそうです。

院には目の不自由な女性の先生が助手として勤めていて、そのそばには、いつも盲導犬が静かに控えていました。

小学生の勢志少年は、そんな院にほとんど一人で通っていました。母から後で聞いた話では、「院長の鍼しかいやだ」と言い張っていたそうです。

「子どもながら、人を肩書きで見ていたんでしょうね」と先生は笑います。

施術の基本は、刺した鍼の頭にお灸をのせて温める灸頭鍼でした。じんわりと温かく、心地よい。嫌々通っていたことは一度もなかったといいます。

中学・高校とバスケットボールを続けるなかで、足首の捻挫をすることもたびたびありました。そのときに通ったのは鍼灸接骨院です。小学生のころから通った鍼灸院と、部活でお世話になった鍼灸接骨院。その両方で施術を受けるうちに、少年の中にある思いが芽生えます。

「鍼灸って人の役に立つ、すごくいい職業だなと。それに、自分の手でできる仕事だというのもいいなと、ふつふつと思っていたんでしょうね」

鍼の心地よさを、施術を受ける側として知っている。これは、鍼に不安を感じる患者様と向き合ううえで、先生の大きな強みになっています。

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「あの先生みたいになりたい」。理系の大学を卒業した後に、 選び直した治療家への道

高校を卒業した先生は、まず理系の一般大学に進みました。
大学入学してからの4年後に研究職に就くか、臨床の道に進むか。卒業を前に先生は悩み抜き、臨床家になると決めます。

同級生のほとんどは、企業に就職していきました。ご両親が反対したのも無理はありません。「せっかく大学を出たのに、何を考えてるんや」「また学校に行くんか」という反応だったそうです。

それでも先生の気持ちは揺らぎませんでした。
そこでご両親はふたつの条件を出します。進学までに学費を自分で貯めること。そして、それが本当にやりたい仕事なのか、現場で働いて確かめること。先生は1年間、鍼灸整骨院でアルバイトをしました。結果は、思いがいっそう強くなっただけでした。

背中を押してくれたのは、理系の大学の研究室の教授です。「自分の決めた道でチャレンジしてはどうか」と言ってくれたといいます。

なぜそこまで鍼灸にこだわったのか。そう尋ねると、先生は少し考えてから答えてくれました。

「ずっと鍼を受けてきたので、その先生みたいになりたい、というのがあったんでしょうね。頭の奥深くにあるものが、どうしても抑えきれなかったんだと思います」

当時の鍼灸の学校は入学が難しく、先生の世代は受験に苦労した人も少なくありません。進学にあたっては、憧れだったあの鍼灸院の先生も、背中を押してくれました。

往復3時間、電車が勉強部屋だった3年間

進学先は、大阪府熊取町にある関西鍼灸短期大学(現・関西医療大学)でした。関西国際空港の近くにあり、尼崎からは片道90分ほどかかります。当時は3年間で、はり師・きゅう師の国家資格をめざす課程でした。

クラスは30名ほどで、18歳の学生から50代の社会人までが机を並べていました。「僕のように社会人を経験した人も多かったので、やりやすかったですね。みんなで助け合って勉強していました」

毎日、朝6時に起きて家を出ます。授業は夕方4時ごろまで続きました。授業のあとは、中医学の研究会で鍼の技術を練習します。そのあとは、学校近くの整形外科でアルバイトをしてから帰宅する日々でした。

勉強はどこでしていたのか。先生の答えは「電車の中です」でした。

「行きも帰りも90分程度乗っているので、ちょうどいい勉強部屋になっていました。ツボや解剖を覚えたりして。当時は学校も厳しかったので追い込まれていましたけど、そんなに苦ではなかったですね。結構面白かったです」

卒業の年、先生は国家試験に一度で合格し2003年にはり師・きゅう師の免許を取得しました。社会人の同級生の多くは、卒業後すぐの開業を見据えていました。いまでは各地で施術所を構え、それぞれに活躍しているそうです。

勤務先の病院の中で、鍼灸部門を一から立ち上げる

免許を取った先生は、開業も考えていました。それでも、まずは就職を選びます。「まだまだ治療家としての自信がありませんでしたから」。また学生時代から交際していた女性に、きちんと就職してから結婚の挨拶をしたい、という気持ちもありました。その女性は、先生が鍼灸の道を選び直したときも反対することなく、支え続けてくれた人です。

就職先は、東大阪市の総合病院でした。きっかけをくれたのは、在学中にお世話になった理学療法士の教授です。

「病院で鍼灸をしたいんです、とずっと相談していたんです。そうしたら、じゃあそこで立ち上げたらどうだ、と」

こうして先生は、病院の中に鍼灸部門を新しく立ち上げることになりました。ただし、先生はこう付け加えます。

「鍼灸部門の立ち上げは僕だけの力ではないんです。その教授がすごく力をお持ちだったので、病院に働きかけていただけた。院長先生からも、ちゃんと収益を上げるように、という条件で了承をいただきました」

鍼灸部門は、病院の保険診療とは分けた自費の施術として運営しました。限られた時間枠の中で、医師やほかの職種と連携しながら、患者様一人ひとりに向き合う日々です。先生が立ち上げた鍼灸部門は、いまもその病院に残っているそうです。

病院に勤めたのは1年間でした。その経験を胸に、先生は次の道へ進みます。

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学ぶ側から教える側へ。専門学校の教壇に立って20年以上

病院を離れた先生が進んだのは、明治東洋医学院専門学校の教員養成学科でした。2年間、鍼灸の教員になるための勉強に打ち込み、はり師・きゅう師の教員資格を取得します。

当時は、鍼灸の専門学校が教員不足に悩んでいた時期でもありました。先生のもとには、京都の専門学校から「卒業後はうちで教えてほしい」と声がかかります。学校の支援を受けられたことで、先生は教員の道に進むことができました。

一般の大学、鍼灸の短大、そして教員養成学科。ご両親からは「どんだけ学校好きやねん」と言われたそうです。

教員養成学科を修了した先生は、京都仏眼鍼灸理療専門学校の教員になりました。常勤で10年間勤め、その後は非常勤に切り替えて、いまも教壇に立っています。
2019年からは、森ノ宮医療学園専門学校でも非常勤講師を務めています。

担当してきたのは、東洋医学臨床論や各論、そして社会あはき学です。社会あはき学は、鍼灸師やあん摩マッサージ指圧師が働くうえで欠かせない、保険をはじめとする制度を学ぶ科目です。担任を受け持ったこともありました。

教える仕事は、決して楽ではありません。学生の年齢も、学ぶ理由も、一人ひとり違います。そのなかで、どうすれば相手に伝わり、やる気を引き出せるのかを考え続けてきました。相手に合わせて伝え方を工夫する姿勢は、ご本人やご家族と向き合う訪問の現場にも通じています。

以前は週3日だった学校の仕事も、いまは日数を減らしています。現在は、自身の施術所での施術が仕事の中心となっています。

師匠・浅野先生のもとで学び続ける中国鍼

教える立場になってからも、先生は学ぶことをやめていません。技術の師匠と仰ぐのが、中国鍼の浅野周先生です。

「中国鍼のテクニックを、根本から教えていただきました。診察から施術まで、いまも教わり続けています」

浅野先生に師事して、もう長い年月が経ちます。中国鍼は、体の中を巡る経絡の状態を丁寧に見ていくことを大切にする施術です。

院での施術では、鍼の「ひびき(得気)」を大切にしています。ズーンと重いような独特の感覚で、強めの指圧を受けているようだと表現する方が多いそうです。鍼を刺したまま30分ほど横になって休んでいただく「置鍼」も、施術の特徴のひとつです。

それほど長く師事を続けられるのは、技術だけが理由ではありません。先生が惹かれたのは、浅野先生の人柄でした。

「一般的に鍼灸の技術というのは、お金を取って教えようとするものなんです。でも、浅野先生にはそういうところが一切ない。腕のいい鍼灸師をもっと増やしたい、という思いで育てていらっしゃるんです」

先生いわく、浅野先生は「天才肌で、とにかく世間離れした先生」。そう言って笑いながらも、驕りや傲慢さのまったくない、自然体の人だと話します。

修業時代には、恋愛の相談に乗ってもらったこともありました。のちに奥様となる女性のご両親へ挨拶に行くときには、どう挨拶すればよいかまで相談したそうです。

「よくラーメンも作っていただいて。いまでも感謝しています」

浅野先生は、中国鍼灸に関する書籍を数多く出版しています。先生は直接の教えだけでなく、その著作からも多くを学んできました。

浅野先生は弟子たちに「日本の鍼灸を頼む」と託すような方だといいます。その姿は、教壇に立つ先生自身の目標にもなっています。

「中国鍼」と聞くと、長くて太い鍼を思い浮かべる方もいるかもしれません。
ただ、ご自宅への訪問では、中国鍼は基本的に使いません。
鍼が初めての方への工夫については、このあと詳しく紹介します。

土日の往診から始まった開業

実は先生は、卒業したその年(2003年)のうちに開業の届け出を済ませていました。最初は施術所を持たず、ご自宅に伺う往診専門です。病院や学校での仕事があったので、施術は主に土日でした。

学生時代から、開業することは決めていました。電車の中で勉強に打ち込んだのも、その目標があったからです。

とはいえ、最初から患者様が大勢いたわけではありません。当時は保険を使わない自費の往診で、伺うのは月に10人ほどでした。ホームページを作り、看板を掲げ、あとは口コミで少しずつ広がっていきました。

開業から数年後の2006年頃、先生は尼崎市内に最初の施術所「竜崎鍼灸治療院」を開きます院を構えたことで、通ってくださる患者様が少しずつ増えていきました。

屋号の「竜崎」は、先生が教員になったばかりのころから、インターネット上で使っていた名前です。【竜崎は、龍年生まれだったことが由来しているとのこと】。施術所の名前と先生の名字が違うのは、そのためです。

やがて部屋が手狭になり、令和に入ってから、数百メートル離れた現在の場所へ移転しました。このとき屋号も、ローマ字表記の「Ryuzaki鍼灸院」に改めています。

常勤の教員として働いていた10年間は、学校と施術所の両立に追われる毎日でした。「大変でした」と先生は振り返ります。教員の仕事を非常勤に切り替え、日数を減らしてきたのは、施術所での仕事に力を注ぐためです。

現在は、施術所に通ってくださる患者様が中心です。そのうえで先生は、通院が難しい方のご自宅に伺う訪問にも取り組んでいます。訪問を保険で行うようになったきっかけは、意外な人物でした。

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訪問施術(保険治療)の始まりは、教え子からの教えだった

きっかけをくれたのは、先生の教え子でした。

腰の不調を抱えていた教え子の学生を、先生は自分の施術所で施術しました。その学生は、鍼灸やマッサージの保険の仕組みに詳しかったのです。施術のあと、「先生、保険の取り扱い方を教えますよ」と申し出てくれたといいます。

「学生から教えてもらったんです」と、先生は少し照れくさそうに笑います。教える立場のはずが、教わる側になった。そこから先生は、保険を使った訪問に取り組むようになりました。

その数年後、先生は専門学校で社会あはき学を担当することになります。保険の仕組みを、今度は自分が学生に教える立場になったのです。

訪問の現場を本格的に学んだのは、訪問を専門とする治療院に1年間勤めたときでした。
ご自宅だけでなく、さまざまな介護関連施設にも伺いました。

「本当に大変でした。認知症の方がや、寝たきりの方もいらっしゃいました。転倒しないように気を配るなど、リスクの管理もしなければなりません。いろいろな知識が必要だと感じました」

訪問で伺うのは、通院が難しい高齢の方が中心です。施術所での施術とは、求められるものがまったく違います。その違いを、先生は身をもって学んできました。

「自分の家族のつもりで」。初めて伺う日に心がけていること

訪問は、ご自宅に初めて伺う「はじめまして」から始まります。先生がいちばん気をつけているのは、最初の出会いです。

「清潔感と、笑顔ですね。親しみを持っていただけるように。最初の出会いで嫌な気持ちにさせないように、できるだけこちらから声をかけるようにしています」

特に気を配るのが、認知症の方への接し方です。見知らぬ人が家に来ることに、強い抵抗を感じる方も少なくありません。

「認知症の方は、拒否される方も多いんです。だから、できるだけ怖がらせないように。そこがいちばん気をつけているところですね」

実際、訪問の現場では苦労も多かったといいます。認知症の方は、伺うたびに先生のことを忘れてしまいます。初対面のように警戒されたり、嫌な顔をされたりすることもしばしばでした。感情をうまく抑えられず、強く拒まれることもあったそうです。

それでも先生は、その日の施術をすぐにあきらめませんでした。時間をおいて、午後にもう一度伺う。場所を変えて、気分を切り替えていただく。施設のスタッフと協力しながら工夫を重ねるうちに、施術を受けていただけるようになることもありました。

うまくいかない日があっても、押しつけずに次の手を考える。相手のペースに合わせることを、先生は訪問の現場で学んできました。

長く訪問を続けていれば、つらい場面にも立ち会います。いつもの曜日に伺ったら、その方はすでに旅立たれていた。お別れが近い方のそばで、寄り添うことしかできない日もある。訪問の仕事には、そうした時間も含まれています。

そんなとき、どんな心構えで向き合っているのか。先生の答えは、とても率直でした。

「とにかく真摯に、自分の家族と思って関わっていくことですね。もちろん、時間が限られていますので帰らなければなりません。それでも、できるだけ力になれるように、と思っています」

自分の家族だと思って関わる。この言葉は、先生の訪問の姿勢をいちばんよく表しています。

鍼が怖い方には、安心・安全をしっかり説明

「鍼は痛そう」「なんだか怖い」。訪問での鍼灸をためらう理由として、よく聞かれる声です。先生は、そうした方への対応をこう話します。

「訪問の患者さんに長くて太い鍼を刺すことはありません。
固くなった筋肉に対して、揉みほぐしやストレッチなどを中心とした施術をします。
刺す鍼をご希望の場合は、実際に細い鍼を簡単に刺してみて、痛くないことを知っていただきます。できるだけ細くて短い鍼を使って、慣れて頂きます。そういう説明をしています」

鍼の太さや長さは、一人ひとりの体質や感じ方に合わせて選びます。細いものでは、髪の毛よりも細い鍼を使うこともあります。

それでも、どうしても鍼が苦手な方はいます。そんなときは、無理のない方法を一緒に考えます。

子どものころの先生が鍼を「気持ちいい」と感じられたのは、安心して身を任せられる先生がいたからでした。今度は先生自身が、初めて鍼を受ける方にとって、そんな存在であろうとしています。

ご本人、ご家族、ケアマネジャー。それぞれの思いをつなぐ

施術所内での通院施術は、基本的に患者様と施術者の1対1です。訪問では、そうはいきません。ご本人のほかに、ご家族、ケアマネジャー、施設のスタッフなど、さまざまな方が関わります。

「それぞれにニーズがあるんです。ご本人がうまく話せない場合は、スタッフの方やご家族からのご希望もあります。その思いが、少しずつずれていることもあるんですね」

だからこそ先生は、関わる人との対話を大切にしています。ご家族が在宅のときは、直接お話をします。お会いできないときは、連絡ノートにコメントを残します。

報告書のやり取りも欠かせません。「いまはこんな状態です」とお伝えしたうえで、「何かお困りのことはありますか」と尋ねます。ケアマネジャーや施設とも、報告書を通じて状況を共有しています。少しでも話ができる状況を、自分からつくるようにしているそうです。

もうひとつ、先生が開業当初からいちばん気をつけてきたことがあります。それは、ご自宅を元どおりにしてから帰ることです。

「よそ様のお宅ですから。施術のために動かしたものは、きちんと元に戻して帰る。そこはいちばん気をつけていましたね」

施術の腕と同じくらい、こうした気配りが、ご家族の安心につながっています。

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最初に訪問した患者様と、今はジムでトレーニングを共にする関係に

印象に残っている患者様を尋ねると、先生はある男性の話をしてくれました。開業後、保険を使った訪問で最初に伺った方です。当時はリウマチ系の難病を抱えていらっしゃいました。

定期的な訪問施術を通して、症状は緩解され先生の訪問施術は一旦卒業して頂きました。
しかしその方とは、いまも交流が続いています。80歳を超えたいまも、ボディビルに打ち込んでいる方です。

先生自身も、週2〜3回はジムに通ってトレーニングを続けています。そのジムを教えてくれたのが、この男性でした。いまではジムで顔を合わせるのが、ふたりの日常になっています。

「僕からは医学的なことをお話しして、その方からは長年の経験を教えていただくんです。トレーニングのことや、体づくりのことなど。意見交換をしているような感じですね」

施術者と患者という関係を越えて、互いに教え合う仲になったのです。いまも困ったことがあると、先生のもとに連絡が来るといいます。

「一生続いていくような関係性ができた方なので、ずっと印象に残っていますね」

訪問の施術は、限られた時間の中で行うものです。それでも、そこで生まれたご縁が長く続いていくことがあります。先生の訪問への思いの根っこには、こうした出会いの積み重ねがあります。

治療院に通えない方にこそ、健康保険を使って自分の施術を届けたい

施術所での施術が中心になったいま、訪問をやめるという選択肢はなかったのか。そう尋ねると、先生はきっぱりと首を振りました。

「施術所と訪問は、両輪で必要だと思っています。超高齢社会では、より多くの方に触れていかないといけない。それは自費では難しいので、保険を使っていくことが大事だと感じています」

保険の制度は、時代とともに見直されていきます。それでも先生は、制度に沿って適正に行えば、保険を使った訪問はこれからも必要とされ続けると考えています。

「国がこうしてほしい、と考えている方向に、うちの施術所も進んでいきたいと思っています」

5年後にめざす姿を尋ねると、先生はこう話してくれました。

「いまは、来ていただける方の施術が中心になっています。でも本当は、困っている方、通えない方にもっと応えられる施術所にしたいんです」

施術所には、元教え子のあん摩マッサージ指圧師の施術者も在籍しています。忙しい時期の協力に加え、マッサージをご希望の方には、その施術者が担当します。施術者を無理なく増やしながら、一人ひとりに丁寧に向き合える体制を整えていく考えです。

通えなくなったからといって、施術をあきらめる必要はありません。先生はこれから、その思いをより多くのご家庭に届けようとしています。

ご相談から訪問が始まるまで

Ryuzaki鍼灸院の訪問施術は基本的には予約制となっています。
まずは電話かLINEで、ご本人の状態やお困りのことをお聞かせください。ご本人に代わって、ご家族が相談することもできます。

訪問での鍼灸は、歩くことが難しく、通院できない方が対象です。健康保険(療養費)を使って施術を受けるには、主治医の先生の同意が必要になります。同意書の用紙は施術所で用意してもらえるので、それを主治医の先生にお渡しして、作成をお願いする流れです。

同意書には有効期間があり、おおむね6か月ごとに改めて同意を得る必要があります。また、同じ病気で病院の保険診療を受けている場合など、保険が使えないケースもあります。こうした点も含めて、最初の相談の段階で説明してもらえるので安心です。

自己負担の額は、医療保険の負担割合(1〜3割)によって変わります。詳しい料金は、施術所に直接お問い合わせください。

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武庫川の河川敷で、気持ちを整える

地元・尼崎で好きな場所を尋ねると、先生はすぐに答えてくれました。尼崎市と西宮市の境を流れる、武庫川です。

「武庫川は、小さいころからずっと身近な場所でした。スポーツをしていたので、よく河川敷を走っていましたし、いまも走っています」

大きな川沿いには、走ったり体を動かしたりできる広々とした河川敷が続いています。休日にはここで過ごして、気分を切り替えることも多いそうです。訪問の合間に立ち寄って、ひと息つくこともあります。

「ゆっくり食事をしたり、ちょっと気分を変えたり。春は桜もきれいなんですよ」

子どものころにバスケットボールで鍛えた体を、いまはジムと河川敷のランニングで保っています。いまも体を動かし続ける先生の姿は、ご高齢の患者様にとっても、ちょっとした励みになっているかもしれません。

受け取ったものを、次の世代へ

先生の祖父は大工で、弟子を育てていたそうです。父も大工の職人でした。職人の家に生まれた先生がいま大切にしているのも、「育てる」ということです。

「こういう職業に就いて、教員もしていますから。育てるというところで、やっぱり貢献したいと思っています」

振り返れば、先生の歩みはいつも、誰かから何かを受け取ることの連続でした。鍼の心地よさを教えてくれた、子どものころの鍼灸院の先生。自分の決めた道に挑むよう背中を押してくれた、研究室の教授。病院に鍼灸部門をつくる道を開いてくれた、理学療法士の教授。保険の仕組みを教えてくれた教え子。そして、お金を取らずに技術を伝え続ける師匠の浅野先生。

受け取ってきたものを、今度は自分が次の人へ手渡していく番です。

「もう、あと20年ぐらいしかやれないかもしれませんので」

そう話す先生の言葉には、焦りよりも、限られた時間を大切に使おうという覚悟がにじんでいました。

これから先生が描いているのは、訪問の取り組みを施術所の柱として確立することです。そしてゆくゆくは、その現場を、教え子たちが臨床経験を積む場所、さらには就職先として提供したいと考えています。

患者様のご自宅に伺う訪問の現場で、次の世代の鍼灸師が育っていく。それが実現すれば、先生が受け取ってきたものは、患者様と教え子の両方へ手渡されていくことになります。

かつて少年だった先生には、「あの先生みたいになりたい」と思える存在がいました。いまの先生は、教壇では学生にとっての、ご自宅では患者様とご家族にとっての「あの先生」になろうとしています。

訪問施術を検討されている患者様・ご家族様へ

最後に、訪問での鍼灸を頼んでいいものか迷っている方へのメッセージを伺いました。

「自分で言うのは恥ずかしいんですけど、訪問施術に関する専門的な知識や技術、経験については、安心していただけるものをしっかりご提供できると思っています。ですので、ご心配なく、一度ご相談いただけたらと思います」

鍼が初めてで、少し怖いと感じている方もいるかもしれません。けれど先生自身、子どものころに初めて受けた鍼を「気持ちよかった」と感じた一人です。施術を受ける側の気持ちを知っているからこそ、初めての方の不安にも丁寧に寄り添ってくれるはずです。

訪問施術を頼むかどうか、まだ決めていなくても大丈夫です。「うちの場合は保険が使えるのか」「鍼が怖いけれど大丈夫か」。そんな小さな疑問からでも、まずは電話で聞いてみてください。

ご家族のつもりで、ご自宅に伺う。尼崎で20年以上、鍼灸の臨床と教育に携わってきた勢志先生が、きっと丁寧に話を聞いてくれます。

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