「歩く夢を見たよ」――心に寄り添い、笑顔を届ける ハートスマイルマッサージ 野澤佑介先生
INTERVIEW
- ハートスマイルマッサージ 川崎麻生営業所 -
- 「歩く夢を見たよ」――心に寄り添い、笑顔を届ける ハートスマイルマッサージ 野澤佑介先生
PROFILE
ハートスマイルマッサージ 川崎麻生営業所
代表 野澤 佑介 (のざわ ゆうすけ)
あん摩マッサージ指圧師/はり師/きゅう師
- 所在地 神奈川県川崎市麻生区千代ケ丘4-21-168
- 対応エリア 川崎市麻生区・多摩区・宮前区・高津区、東京都稲城市、町田市の一部
- 受付時間 月〜金 9:00〜18:00(通話料無料)
1978年、神奈川県川崎市生まれ。幼いころ、祖母の肩をもんで喜ばれた経験が、治療家を志す原点となる。
整体やカイロプラクティックを学び、接骨院での勤務を経て、2007年にあん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師の国家資格を取得。副院長として施術やスタッフ育成などに携わる。
2010年、地元・川崎市で「ハートスマイルマッサージ」を開業。
現在は複数の営業所を展開し、訪問鍼灸マッサージを通じて地域の高齢者やご家族の暮らしを支えている。
「心に寄り添うこと」を大切に、患者様から「出会えてよかった」と思っていただける施術を目指している。
目次
INDEX
- 01. 祖母の「ありがとう」が原点
- 02. あだ名は「モンキー」。木登り名人でバスケットの司令塔
- 03. 「やりたいこと」が見つからなかった20代
- 04. 鍼灸師、マッサージ師の国家資格を取るという決意
- 05. 副院長時代に学んだ、患者さんに「説明する力」
- 06. 訪問施術の現場で見えたもの
- 07. 2010年、地元・川崎で独立開業
- 08. 長寿のまち・麻生の丘を走る
- 09. 「歩く夢を見たよ」 忘れられない患者さんのひと言
- 10. 祖母から貰った「ありがとう」と「ハートスマイル」に込めた、心と笑顔
- 11. ケアマネジャーさんとの連携を大切に
- 12. つまずきから育てた、最高のチームメンバー
- 13. 「やりたいことがなかった」先生の、今の夢
- 14. 訪問マッサージを考えているご本人・ご家族へ
- 15. これから訪問の道をめざす治療家の皆さんへ
「歩く夢を見たよ」
99歳の男性患者さんが、ある日ぽつりと口にした言葉です。ほとんどの時間をベッドの上で過ごし、最初は会話もなかなか続かなかった方でした。
この一言を今も大切に覚えているのが、「ハートスマイルマッサージ」の代表として、川崎市麻生区を拠点にを営む野澤佑介(のざわ・ゆうすけ)先生です。
院名の「ハートスマイル」は、心(ハート)と笑顔(スマイル)。その原点には、幼いころ祖母からもらった「ありがとう」の一言がありました。
若いころは「やりたいことがなかった」という先生が、どのようにして天職に出会い、患者さんの“夢”に立ち会うまでになったのか。「心」と「笑顔」をキーワードに、20年余りの道のりをうかがいました。
祖母の「ありがとう」が原点
野澤先生は1978年、神奈川県川崎市の生まれです。高津区で生まれ、隣の多摩区で育ち、結婚するまでずっとこの街で暮らしました。
家族は、建設業の父、引っ越し関連の仕事をしていた母、そして3歳下の妹。医療とはまったく縁のない家庭です。中学1年生までは祖父母とも同居していました。
そのころ、先生はよく祖母の肩をもんでいたといいます。もんでいるうちに、ツボにも興味を持つようになりました。
「気持ちいい、ありがとう」
祖母がかけてくれたこの言葉が、治療家としての原点です。自分の手で触れて、その場で「ありがとう」をいただける。そんな仕事は特別だと、先生は今も感じています。のちに「好きな仕事がしたい」と立ち止まったとき、真っ先に思い出したのも、この記憶でした。
家族から繰り返し言われたのは、「挨拶だけはしっかりしなさい」。シンプルな家の教えは、ご自宅にお邪魔する今の訪問の仕事に、そのまま生きています。
あだ名は「モンキー」。木登り名人でバスケットの司令塔
「勉強はできないですけど、体育は得意でしたね」
通知表は、体育が4か5。数学や国語は5段階の2だったと、先生は笑います。勉強嫌いでスポーツが大好き。塾にも通わず、外を駆け回る毎日でした。
小学校から中学校まで、先生のあだ名は一貫して「モンキー」。木登りが得意で、するすると登っていく姿を見た先輩が「猿みたいだ」と言ったのが始まりです。呼び名はたちまち広がり、学年のみんなから「モンキー」と呼ばれるようになりました。
小学校ではサッカーに夢中になり、中学・高校ではバスケットボール部へ。ちょうど漫画『スラムダンク』が人気を集めていた時代です。ポジションはチームの司令塔であるポイントガード、背番号は7番でした。スラムダンクの映画の主役の宮城リョータやライバル校のエース仙道彰が付ける背番号7はバスケ部員の憧れの番号です。
バスケットの試合中も、あだ名は健在です。
「普通なら『野澤、パス出せ!』って言うところを、仲間の選手もベンチのメンバーも全員が『モンキー、パス出せ!』って言うもんだから、相手は戸惑っていましたね。モンキー? 猿? えっ……?って。それくらい腕白な存在でした」
当時は「練習中に水を飲むな」と言われた時代。顧問も先輩も厳しく、特に中学の練習は過酷だったそうです。
「1年生のときは理不尽なこともありました。でも、それで忍耐力はつきましたね。体育会系なので挨拶もしっかりしなきゃいけない。部活をやっていてよかったなと思います」
ちなみに、ケガで治療院のお世話になった経験はほとんどありません。高校1年生で一度ねん挫したときも、そのまま試合に出ていたほど。治療家をめざすきっかけは、スポーツのケガではなく、あくまで祖母の「ありがとう」でした。
「やりたいこと」が見つからなかった20代
「昔から、やりたいことがなかったんですよね」
高校3年生の進路選択。周りは就職か専門学校が多い学校でした。実はこのとき、指圧の専門学校に少しだけ心が動いたといいます。ただ、3年間通うことと学費の高さが決め手にならず、Windowsのパソコンが世に出始めた頃で「これからはパソコンの時代」と、お茶の水にあるパソコンの専門学校へ進みました。
2年間でWordやExcelを身につけたものの、「今思えば、誰でもできることでしたね」と先生は苦笑します。卒業後は知人の紹介で食品会社に入り、コンビニ向け商品の生産管理を1年半担当しました。
けれど、どうしても仕事になじめません。この先もずっとこの仕事を続けるのか。悩んだ末に思い出したのが、祖母の肩をもんでいた日々でした。
国家資格の学校は3年かかり、学費も高い。そこで選んだのが、新宿にあった東京療術学院です。スポーツトレーナーへの憧れもありました。PNFと呼ばれる手技を中心に、整体やカイロプラクティックを学びました。知り合いの接骨院でアルバイトをしながら、2年ほど通ったそうです。
「整体を学んだとき、初めて『これを仕事にできたら』と思いました」
転職を重ねる息子に、家族は反対しませんでした。かけられたのは「やりたいものがあれば、いいんじゃない」という言葉。夢を持てなかった青年が、ようやく見つけた道でした。
鍼灸師、マッサージ師の国家資格を取るという決意
東京療術学院を終えた先生は、整体師として東京の世田谷の接骨院に就職します。院内の施術に加えて、訪問治療院も運営している院でした。
働き始めて2年ほどたったころ、先生はある思いを強くします。周りの先生方は、柔道整復師、あん摩マッサージ指圧師、鍼灸師と、みな国家資格を持っていました。自分だけが資格を持っていない。その後ろめたさが、日に日に大きくなっていったといいます。
「周りの先生は、やっぱり解剖の知識がしっかりしているんです。資格を持たないままでは、患者さんのためにもならない。一から勉強し直さなきゃと思ったのがきっかけですね」
2004年、東京医療専門学校(現・東京呉竹医療専門学校)の鍼灸マッサージ科に入学。あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師の3つの国家資格をめざせる学科で、勤務を続けながら通えることが決め手になりました。学費は、家族が支えてくれたといいます。
午前中に接骨院で働き、午後1時半から4時まで専門学校での授業、そのあと再び接骨院に戻って夜9時まで勤務というものでした。週末は勉強にあて、平日は帰宅後と通勤の電車の中で教科書を開きます。
苦手科目は生理学で覚えることが沢山あって苦労したそうです。
それでも2007年、3つの国家資格に一発で合格しました。
「一発合格でしたけど、ギリギリでしたね」
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副院長時代に学んだ、患者さんに「説明する力」
資格取得後も、先生は同じ接骨院で働き続けました。2007年からは副院長として、院内の施術、往診、スタッフの採用面接、レセプト(保険請求)の入力までを任されます。勤務は通算8年に及びました。ただひとつ、訪問マッサージの営業だけは経験したことがありませんでした。
朝は8時半の掃除から始まり、受付終了は夜9時。駆け込みの患者さんにも対応するため、帰宅は毎晩11時や12時になりました。
毎朝の症例ミーティングは、緊張感のある学びの場でした。
院長先生のご指導のもと、患者さんの状態をどう捉え、なぜその施術を行うのかを、自分の言葉で説明できるまで考えました。
「すぐに答えをいただくのではなく、自分で考える機会をいただいたことで、患者さんの状態をどう見立てるか、考えを深めることができました。当時の経験が今の私の土台になっており、院長先生には本当に感謝しています」
院長先生から学んだいちばんのものは、患者さんへの説明でした。
なぜこの施術が必要なのか。どのくらいの頻度で、どう進めていくのか。
「今どれだけ学んでも、当時の先生にはかなわないと思うくらい、説明がしっかりしていました」
知識と技術、そして説明する力。
開業した今、先生はスタッフにも「患者さんにきちんと説明するように」と伝え続けています。
訪問施術の現場で見えたもの
国家資格を取った1年目から、先生は訪問マッサージを担当するようになります。院に通ってこられる患者さんは、比較的お元気な方が多い。一方、訪問でお会いするのは、通院が難しい状態の方々です。体の変化もすぐには見えにくく、その違いは大きかったといいます。
それでも、訪問には訪問ならではの喜びがありました。
「意外と、みなさん優しいんです。90歳、100歳という人生の大先輩から、治療以外のこともたくさん教えていただける。そこが訪問の醍醐味かもしれません」
もうひとつ、先生が大きな違いとして挙げたのが、喜んでくださる人の広がりです。
「接骨院や治療院では、患者さんに喜んでいただけます。訪問マッサージは、患者さんと一緒にご家族にも喜んでいただける。ケアマネジャーさんからご紹介いただいた方なら、ケアマネジャーさんにも喜んでいただけるんです」
その分、責任も重くなります。院内なら、わからないことは先輩にすぐ聞けますし、休んだときは誰かが代わりに入れます。訪問では、ご自宅に一人で伺い、その場で判断しなければなりません。
「休んだときの代わりもききません。責任感が違うと思います」
2010年、地元・川崎で独立開業
2010年7月、31歳の先生は地元・川崎市で独立し、「ハートスマイルマッサージ」を開設します。最初は自宅を拠点にした、出張専門のスタートでした。
「経験を積ませていただいて、問診にも自信を持てるようになりました。
勤務先では、施術の技術や知識を学ぶとともに、問診で患者さんのお話を伺い、
お身体の状態を見極めたうえで、どのような施術が必要かを考える経験を積ませていただきました。
経験を重ねるうちに、自分で施術方針を立て、
患者さんに説明することにも自信が持てるようになりました。その経験を生かして、生まれ育った川崎で、
通院が難しい方のお役に立ちたいと思ったことが、独立のきっかけです」
胸にあったのは、24時間痛みに苦しんでいる方、寝たきりの方、会いたい人にも会えずにいる方の役に立ちたい、その笑顔が見たいという思いでした。
開業前から、先生は本を読み込み、営業心理学も学んでいました。
「治療技術うんぬんの前に、マーケティングができないと、この業界はダメだと思ったんです」
お手本になったのは、勤務先の接骨院にいた訪問マッサージの営業担当者でした。ケアマネジャーさんへの声のかけ方、連絡の入れ方を間近で学び、名刺やプロフィールも、何をどう伝えるかを考えて準備しました。
とはいえ、自分で営業に回るのは初めてです。最初の営業では、心が折れかけたといいます。それでも開業1か月目にはケアマネジャーさんから最初のご依頼が入りました。
その後、様々なご縁が繋がり開業から9か月後には、担当する患者さんは38名になっていました。
31歳という若さもあってか、ケアマネジャーさんから「経験年数はどれくらいですか」と聞かれたこともあったそうです。それでも勤務時代に培った経験知識と、患者さんのお孫さんほどの世代の明るさは、むしろ安心感につながったのかもしれません。
「たぶん、運が良かったんです」
先生はそう謙遜しますが、その「運」を呼び込んだのは、開業前の地道な準備でした。
長寿のまち・麻生の丘を走る
先生が本部(麻生区万福寺)を置く川崎市麻生区は、全国でもっとも平均寿命が長い町と呼ばれています。厚生労働省の令和2年市区町村別生命表では、男性84.0年、女性89.2年と、男女ともに全国1位。男性の2位には、隣接する横浜市青葉区が続いています(出典:厚生労働省「令和2年市区町村別生命表の概況」)。
「高齢の方が多い地域だと、あとから知りましたね」
もうひとつの特徴は、坂の多さです。もともと山や丘を切り開いてできた住宅地が多く、近隣のエリアと比べても起伏が大きいといいます。坂が多い分、ご高齢の方にとっては通院そのものが大きな負担になります。
そんな坂道を毎日のように行き来する先生に、お気に入りの場所を尋ねてみました。
「よみうりランドの近くの丘の上は、景色がすごくいいんです。富士山が見えたりもするんですよ」
わざわざ立ち寄ることはないけれど、訪問の途中でふと目に入る景色に、ほっとするのだそうです。
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「歩く夢を見たよ」 忘れられない患者さんのひと言
印象に残っている患者さんを尋ねると、先生は迷わず一人の男性の話を始めました。
当時99歳。一日のほとんどをベッドの上で過ごし、関節が硬く、体を動かすと痛みが出てしまう方でした。起き上がることも難しい状態です。頭はとてもしっかりしている分、気持ちが沈んでいて、最初のうちは会話もなかなか続きません。
先生は週に3回ご自宅に伺い、マッサージで体をほぐしながら、少しずつ体を動かすお手伝いを続けました。
やがて男性は、ベッドの端に腰かけて足を床につける「端座位(たんざい)」の姿勢がとれるようになります。それまではできなかった姿勢でした。そのころから、口数も少しずつ増えていきました。
さらに、ご自身の力で立てるようにもなりました。すると、男性の口から「孫の結婚式に出たい」という言葉が出てくるようになります。目標が生まれ、先生の訪問も楽しみに待ってくださるようになりました。
そしてある日、男性はこう言いました。
「歩く夢を見たよ……」
「そう言われたとき、人ってここまで変わるんだ、と思いました。そこから意欲と目標が生まれたんです。初めは会話も少なかった方が、歩くことへの希望を話してくださった。その変化が、私にとって大きな喜びでした」
開業のときに抱いた「会いたい人にも会えずにいる方の役に立ちたい」という思い。それが目の前で形になった瞬間でした。
「体の施術だけではなく、『こうしたい』というご本人の気持ちや、生活の楽しみを支えること。それも訪問マッサージの大切な役割なんだと思いました」
一方で、思うようにいかなかった経験もあります。
関節がとても硬くなり、どうしても体を動かしてさしあげられない方もいました。そうした経験をきっかけに、先生は解剖学の本やDVDで学び直し、技術セミナーにも参加しました。そこで得た学びをもとに、患者さんの状態に合わせて、体への触れ方や動かし方を工夫してきました。
上手くいった経験も、届かなかった悔しさも、今の施術の土台になっています。
祖母から貰った「ありがとう」と「ハートスマイル」に込めた、心と笑顔
院名の「ハートスマイル」には、心(ハート)と笑顔(スマイル)という二つの思いが込められています。
「技術や知識はもちろんですが、相手の気持ちをくみ取って寄り添う、心の部分を大切にしています」
施術でいちばん大切にしているのは「心に寄り添うこと」。めざすのは、患者さんに「出会えてよかった」と思っていただける施術です。
会社のスローガンは「関わる方全てを笑顔に」。患者さんだけでなく、働く仲間とその家族、取引先や地域の方々まで含めた言葉です。経営理念には、お客様の満足、社員の満足、そして社会への貢献を掲げ、「『ありがとう』と言われ、『ありがとう』と言える会社」として成長することをめざしています。幼いころ祖母からもらった「ありがとう」は、こうして会社の理念にまで受け継がれました。
その姿勢がいちばん表れるのが、初めてご自宅に伺う日です。先生がまず大切にしているのは、施術に入る前に、じっくりお話を聞くこと。
「こちらに知識があって何かを提案したとしても、患者さんが求めていないものをお勧めしても仕方がありません。ご本人だけでなく、ご家族にも『どうしたいか』を必ずお聞きします。チームで支えるお仕事なので」
初回の訪問は、実際に担当する予定のスタッフが伺います。できるだけ所長と担当者の2人1組で訪問し、担当者の都合がつかない日も、ほかのスタッフがカバーできる体制を整えています。
スタッフは入社後、医療保険の仕組みや医師の同意書についても一から学びます。新卒なら半年から1年、経験者でも半年以上かけて、ご説明から手続きまでを一人で担えるよう育てているそうです。院長先生から受け継いだ「説明する力」は、こうしてスタッフ一人ひとりに引き継がれています。マッサージに加えて鍼灸にも対応し、女性のスタッフも多く在籍しています。
ケアマネジャーさんとの連携を大切に
開業当初から、野澤先生が大切にしてきたのが、ケアマネジャーさんへの報告・連絡・相談です。ご紹介をいただいた際には、
できるだけ直接お会いして、お礼を伝えるようにしてきました。
ハートスマイルマッサージでは、初回訪問の日程や当日のご本人のご様子、施術開始日などを、節目ごとにケアマネジャーさんへお伝えしています。施術開始後は、施術計画書や担当者の紹介をお届けし、その後のお身体の状態や施術の経過も、
報告書などを通じて共有しています。
こうした連絡や報告は担当者だけに任せず、営業所全体で情報を共有し、必要な連絡が漏れないようにしています。
誰が担当し、どのような方針で施術を進めているかが分かると、ケアマネジャーさんも、ご本人やご家族から相談を受けた際に、
状況を把握しやすくなります。ご紹介の後も安心して相談していただけるよう、日々の連絡を大切にしています。
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つまずきから育てた、最高のチームメンバー
自宅から始まった院は、2011年7月に法人化し、初めて施術者を1名採用しました。ところが、スタッフが増えるにつれて、院内でのトラブルが続くようになります。先生は業務のマニュアルを作り、やり方をそろえることで、トラブルを大きく減らしました。
2014年には担当する患者さんが100名を超え、2016年に2つ目の拠点を開設。このときは、人間関係を理由にスタッフが離脱する経験もしました。そこで所長の育成、評価制度、キャリアパスの仕組みを整え、2018年には3つ目の拠点を開きます。
現在は、本部と川崎麻生・川崎多摩・横浜青葉の3営業所で、担当する患者さんは約600名にのぼります。4営業所目としてには東京都の町田にも新たな拠点を開く予定です。先生自身は麻生を中心に動き、ほかの拠点は所長に任せています。
人を育てるうえで先生が大切にしているのは、技術だけでなく「人間力(徳)」を持った施術者であること。採用でも、誠実さ、素直さ、挨拶ができること、チームとして働けること、謙虚さを重視しています。面接では時間をかけて、その人の考え方をじっくり聞くといいます。
なかでも先生が見ているのが、言葉で伝えようとする姿勢です。
「うまく説明できなくても、『ちょっと待ってください』と、なんとか答えようとする人かどうかを見ています」
訪問の現場では、ご本人やご家族から急に質問を受けることも少なくありません。言葉を尽くして向き合えるかどうか。院長先生から「説明する力」を学んだ先生らしい視点です。
働き方も、週休2日制に加えて、週休2.5日・3日制、時短勤務、パート、業務委託と幅を広げてきました。施術者が成長し続けられる環境づくりも、「関わる方全てを笑顔に」の一部なのです。
「やりたいことがなかった」先生の、今の夢
若いころ「やりたいことがなかった」と話していた先生に、今の夢を聞いてみました。
「同じ思いで働く仲間を増やして、喜んでいただける方を、喜んでいただける地域を、もっと広げていきたい。そして、ハートスマイルという名前を知っていただきたいですね」
これからは、アナログが主流の治療院運営の中にもICTやDXも積極的に取り入れていくつもりです。事務や連絡の手間を減らして効率を上げながら、人の温かみは失わない。その両立をめざした、新しい訪問のかたちを広げたいと考えています。
プライベートでの夢を尋ねると、野澤先生は「家族でハワイに行きたいです」と話します。
開業以来、仕事に力を注いできた一方で、これからは家族と過ごす時間も大切にしたいそうです。
お子さんが成長した今、家族4人で出かける機会をつくりたいという思いがあります。
仕事では、60歳、70歳になっても現場に関わり続けたいと話してくれました。
ちなみに、趣味を尋ねると「スポーツ観戦以外は、仕事が趣味ですね」。仕事に通じる本を読んだり、ポッドキャストを聴いたり。お子さんや愛犬と過ごす時間も楽しみのひとつです。好物は回鍋肉とスイーツ、そしてアサリの味噌汁。元「モンキー」の素顔は、意外と家庭的です。
夢を持てなかった青年は今、仕事にも家族にも、いくつもの夢を描いています。99歳の患者さんが歩く夢を見たように、夢を持つのに年齢は関係ないのかもしれません。
訪問マッサージを考えているご本人・ご家族へ
最後に、訪問マッサージを頼もうか迷っている方へのメッセージをいただきました。
「いろいろな治療院があるなかで、きっとみなさん同じ思いで施術をされていると思います。そのなかで私たちは、心の寄り添いを大事にしています。技術や知識とともに、スタッフ一人ひとりが寄り添う気持ちを持って、患者さんに喜んでいただけるよう施術しています。そういう会社です」
これから訪問の道をめざす治療家の皆さんへ
未来の仲間になるかもしれない治療家の皆さんにも、言葉を寄せていただきました。
「私の経験上、どれだけ技術や知識を学んでも、現場で患者さんの心に寄り添えなければ、なかなかうまくいきません。たとえば体を動かしていただくときも、傾聴や寄り添いがないと、患者さんはなかなか動いてくださらないことがあります。
技術や知識とともに、寄り添う気持ちを大切にしてほしい。そして、いちばん大事なのはコミュニケーションだと思います。そうすれば、患者さんにもケアマネジャーさんにも信頼していただけて、ご紹介にもつながっていくと思います」
祖母の「ありがとう」から始まった道は、遠回りの末に、人の“夢”に立ち会える仕事へとつながりました。心に寄り添い、関わる方全てを笑顔に。その思いを胸に、ハートスマイルマッサージの仲間たちは、今日も麻生の坂道を走っています。